英語学習サイト「英語克服戦記」の姉妹編。 教育だけではなく、食生活、差別、メディア、国際関係といった社会問題一般や作者の生活について述べていきます。

のいちごくっきーの宇宙日記

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| | 00:30 |
男性専用車両は必要か?
朝日新聞の読者投稿やインターネットのニュースで、男性専用車両を設けるべきだとの意見がある。

http://netallica.yahoo.co.jp/news/28729

これは主に痴漢冤罪防止のためだなどという理由だが、これは本当に必要なものだろうか?

痴漢冤罪は、「それでもボクはやってない」で描かれているように、警察や検察、裁判のあり方に問題があり、これらを改革することが必要十分条件である。司法改革なくして小手先の手段のみでごまかそうとしても通常の車両で冤罪が起こることは防ぎようがない。また、司法改革がうまくいけばこのような小手先の手段は必要ない。男性専用車両は痴漢冤罪防止の必要条件でもなければ十分条件でもない。痴漢冤罪防止には取り調べの可視化、裁判官と検察・警察の癒着の排除、冤罪誘発の際は「痴漢の被害者」と称して無実の人間を陥れた者に重罰を課すこと(虚偽告訴に対する刑事罰の強化)の3つが必要だ。

さらに、痴漢というのは男性が女性に対して起こすもののみではない。以前、NHKの職員の不祥事であったように、男性の痴漢被害者も存在する。男性専用車両が出来れば、男性の痴漢被害者が増える可能性もある。男性でも自分のセクシュアリティにないものを強要されれば精神的苦痛と感じることは十分ありうるのにも関わらず、男性が被害者になることは問題にはされない。これは男性にとって「保護されなくてもよい」という性役割上のハンディキャップである。

また、女性専用車両同様、男性専用車両も生まれによって扱いが異なる差別である。両者とも同じ数だけ設置したとしても、性役割の構造を強化するだけだし、トランスジェンダーの人々にとってはこの上ない精神的苦痛となろう。このようなジェンダーフリーに逆行するものを新たに作るべきではない。真のジェンダーフリーは女性の権利拡張のためにあるのではなく、全ての人間が生まれによって行動が制限されることなく自由と責任を個人として享受するためにあるべきである。

これまでは女性は痴漢を恐れて、あるいはただ優遇されたくて女性専用車両を望んだ。今回の報道では男性が自分がとりあえず難を逃れたいからと言う理由で男性専用車両を望んでいるようだ。女性は痴漢をしない男性を差別する女性専用車両を求めるべきではなく、男性は国家全体の秩序の変革を望まず小手先の対処療法である男性専用車両を求めるべきではない。

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| 社会問題 | 00:20 | トラックバック:0コメント:0
日本の、これから 学力
日本の、これから 学力を見た。
今話題の和田中藤原校長らが出演していた。

この番組シリーズ全般に言えることだが、司会者やディレクターが議論をきちんとまとめようという意思が見られない。知識か知恵か、上位層重視か下位層重視か、予算かアイディアかといった必要条件と十分条件の区別もつかないレベルの低い2分法に終始していた。どれも重要なのは当たり前のことで、それぞれに工夫が必要だ。司会者は議論のきっかけと称していたが、論理的に破綻しているものがきっかけとして役に立つわけがない。

三つ許しがたいと感じたのは、教師の腐敗した体質の露呈と、子どもに学びの意義を説明できる人が誰もいなかったこと、子どもが携帯電話が好きなことに真摯に向き合っていないことだ。


ローソンの新浪社長らがアメリカの大学でのTeaching Evaluetion(教師評価制度)に言及し、教師の質の維持向上にはこれが不可欠だと述べた。私もこの意見には(多少修正は必要だが)基本的には同意する。これがなければどんなに質が悪い教師でも解雇されず、学校が腐敗する温床になるからだ。現状は指導力不足教員の既得権益の温床以外の何者でもない。

学校設置基準などの名目で、小中高大全ての学校で、教員評価の存在を法的に義務付けてもいいくらいだ。ある教師が、小学校で子どもをしかればその教員は首かという反論をしていた。確かに児童生徒の評価だけに頼るのも問題だ。しかし、評価を年1・2回程度にし、かつ教え子の試験の成績や保護者の評価などを全て数値化し、その総合得点の高低で判断すれば、一時の関係の悪化で優れた教師が首になる可能性は低くなる。この考えは今まで言われている教員評価とは異なるが、要は多少修正してでも教師が厳正な評価を受け、質の悪い教員が淘汰される仕組みが必要だ。指導力不足教員によって学業達成がうまくいかず人生を台無しにされる人間を一人も出すべきではない。


最後に、出演した大人が、誰も子どもたちに学びの意義をきちんと説明しなかったことは本当に許しがたい。

ある高校生は「生活に必要なものは服、勉強はアクセサリー」といっていた。違う。勉強は人生に絶対に必要なものだ。

国語はコミュニケーションを取ったり、文章の読み書きに必要だ。それはひらがなやカタカナの読み書きだけでは不充分で、多少難解な表現も覚えなければならない。そうしなければ、人にうまく言いたい事を言ったり、新聞や本などで世の中のことを知ることが出来ない。

英語はインターネットでの情報収集やこれから機会が増えるであろう外国人との交流に必須だ。また、仕事や学業で最先端の情報が必要な場合はそれらを英語で読んだり聞いたりしなければならない。日本人は英語を使わないというが、英語が出来ないことは高度な仕事や学業をするには大きなハンディキャップとなる。

数学は仕事や学業で使うデータを読むのに必要だ。アンケート調査一つとっても、それが正しく分析されているかは数学が分からないと出来ない。調査の専門家でなくとも、新聞に書いてあるデータが正しいかどうかを見抜く力や仕事で簡単な算数をするのも学校で算数・数学の勉強をきちんとしていなければ出来ないことである。

社会や理科は自分の周りの世界がどうなっているかを知るものだ。これらを学ぶことによって自分はどのような世界に生きているか、自分の周りとどう関わればよいかを知るヒントとなる。

そしてそれらを身につけるには、問題を解くなどつまらない作業も必要だが、教師や親が工夫すれば本来は楽しく学べるし、一人で勉強をするにも、自分たちの生活に照らし合わせることは充分可能だ。

この番組では、携帯電話が悪いものとして捕らえられていた。確かに、他の事をしている時に携帯を使うのは集中力を削ぐ。しかし、これだって使いようだ。学校で一律に携帯を禁止にするのではなく、国語の授業で携帯電話でのコミュニケーションのあり方を議論したり、文面を作成する実習をしたり、色々可能性はある。教育における工夫に必要なものの一つは、子どもの文化を知ることだ。数十年前の女子高生は「ベルサイユのバラ」で歴史を学んだという。私の世代の男子は戦国シミュレーションで歴史を学んだ。ある教育論の本では、桃太郎電鉄で地理を教える家庭教師もいるという。世の中にはもともと文化資本に恵まれている子どもだけではなく、そうではない子どももいるわけで、そういう子のサポートにはこのようなやり方が不可欠だろう。

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| 教育 | 23:38 | トラックバック:0コメント:0
「過激な」性教育
文部科学省が教員向けの性教育の指導指針を改定し、「過激な」性教育に「歯止めを掛ける」などと
している。

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20080306-00000902-san-soci

この記事で紹介されている事例はどれも人間は生物である事を理解させることやリスクを抑える意義がある。性器や性行為の説明は人間は生物であるということを教えているわけだし、避妊具を試験官にかぶせる実習は避妊の方法をきちんと教えており、性行為のリスクを抑える意義がある。

人間は生物であり、セクシュアリティは生物としての人間にはどうしてもつきまとうものだということは当然であり、自らを知ることが行動の指針を決める第一歩となるわけで、それを幼いうちに教えることのどこが悪いのだろうか。むしろ、性役割などというものを教えることで、やりたいことに対する不当な行為の制限や不当にコストが要求されることが起こる。ジェンダーを刷り込むことには何の正当性もない。出来るだけ低年齢のうちにセクシュアリティの敷居を低くし、性行為の際の避妊の方法もきちんと教え、かつジェンダーの解体を促せば、個人の責任の下による義務と権利が徹底化されるだろう。

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| 教育 | 21:41 | トラックバック:0コメント:0
アメリカ大統領選とアイデンティティー・ポリティクス
今日の朝日新聞で、アメリカ大統領選についてウィスコンシン大学教授の大貫恵美子氏が論評をしていた。オバマ候補が自分が黒人である事を前面に出さないことは、彼がアメリカ社会の亀裂を認識しているからだということは今まで述べられてきたことだが、それだけではなく、クリントン候補はフェミニストからフェミニズムを強調することを批判されているということがアメリカでは起こっているという。

大貫氏はフェミニズムを批判することはこれまでタブーで、今ヒラリーのフェミニズムを批判できることはフェミニズムの進歩だと述べていた。アカデミズムの現状を考えればその点は非常に疑わしいことだが、このことが自らの属性によって行動を決めるアイデンティティー・ポリティクスに反対する方向に向かっているのならば好ましいことだ。

もっとも対外的にはどうなるかわかったものではないし、具体的な政策論は現時点では見えてこないが、世界の流れが同様の方向に向かえばと思う。日本の政治家にもオバマ候補のような立場の人物がいればと思う。

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| 未分類 | 21:20 | トラックバック:0コメント:0
NHKスペシャル 激流中国
NHKスペシャル激流中国を見た。
中国を扱ったドキュメンタリーとしては異色の内容だったので、気になった点をまとめてみる。

一流大学の学生が実習として貧困層がいる農村の学校で教師として働くというものだった。

ある生徒は、父親を亡くし、母親は怪我をして体が不自由になった上、知らぬ間に膨大な借金を抱えた。弟は出稼ぎに行くかどうか、自分は大学進学を目指せるかどうかという困難を抱える。学生はその生徒に奨学金を取らせたいが他の教師の意向で何も出来ず、借金の利子が多すぎることに抗議したり借金の金額を減らせるか掛け合っても何も出来ない。学生は時には涙しながら子どもたちに接する。

私はこの番組を見て、2つの思いを持った。

一つは、貧困問題を扱った番組を見ていつも思うことで、「だから日本人は恵まれているのだ」などと思われるのは困るということ。日本は識字率は100%近くあるものの、実際は算数も中学英語も出来ない大人だっているわけで、全ての日本人が高い教育を受けているわけではない。こういう番組によって日本の問題が隠蔽されないようにしてもらいたいと思う。ただ、このことは本記事の大意ではない。

もう一つが重要で、恵まれた環境に育った人間が苦労して社会問題の解決に携わろうとしていたことだ。私はこの番組に出ていた学生の姿に共感をおぼえ、感銘を受けた。中国の格差(と他国の格差)を扱ったドキュメンタリーでは、貧困層と富裕層が完全に分断され、富裕層は単に貧困層を搾取することしか考えていないように報道される。実際にはそのような人も多いのだろうが、高い能力を持ち、社会に貢献しようと志す本当の意味でエリートにふさわしい人の姿が映し出されることはこれまでなく、異なる層の間で接点がもたれることは好ましいことといえよう。

アメリカのワーキングプアの実態を記述した「ニッケル・アンド・ダイムド」で筆者は、富裕層と貧困層の分断の原因の一つとして富裕層出身者は低賃金労働を体験せず、貧困層の生活の過酷な実態を知ることがなく、問題解決への興味もわかないということを述べている。今回の番組ではどうすれば分断の構造を解消できるか色々考えさせられた。


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