英語学習サイト「英語克服戦記」の姉妹編。 教育だけではなく、食生活、差別、メディア、国際関係といった社会問題一般や作者の生活について述べていきます。

のいちごくっきーの宇宙日記

日本の、これから 団塊の世代
NHKで団塊の世代についてのスペシャル番組があった。
今まで団塊の世代の人々の行いについての功罪が議論されていた。

団塊の世代の責任について、番組の前半で議論(というか口論)があった。宮台氏らは、彼らが下の世代のよい役割モデルにならなかったと批判した。団塊の世代の出演者らは、上の世代によって自分達も行動してきたから仕方がないと反論した。彼らは、学生運動や高度経済成長を生きてきたわけだが、終身雇用など現代日本の企業文化の中心にもなった。もちろん、十把一絡げにするべきではないが、総じて彼らの社会的影響を論じるならば、私は、個人を会社中心の生活におくことを自明のものとし、(日本が共産主義国家になるのはごめんだが)学生運動も中途半端な形で鎮圧され社会変革に失敗して無駄な慣習に浸ってきた彼らの責任は大きいと思う。メディアは終身雇用の崩壊などというが、今に至るまで、建前上終身雇用は当然の慣習は続いており、モノやサービスの生産に不要なくだらない規則をたくさん作ったわけだ。本当に個人の自由を尊重した社会運動を行わず、体制順応な社会環境の担い手になったことは現在に至る悪影響といえる。番組の中で個人主義や団体の拒否という言葉があったが、それには根拠があるとは思えない。

少し疑問だったのは、宮台真司氏が、団塊の世代の人々が定年後に地方へ流入することが、社会関係資本(ソーシャル・キャピタル、人間関係のネットワークとして利用できる資本)の活性化になるとしていたことだ。これが、果たしてロバート・パットナムら、ソーシャル・キャピタル論を唱えている学者の議論とかみ合っているのだろうか。元々あるネットワークがソーシャル・キャピタルになるのだろうか。この議論自体が、ムラ社会との違いや無い資本を作り出す方法について述べられていないので分からないことが多い。宮台氏の真意も聞きたかったし、新しいソーシャル・キャピタルの活性化についての方法も見出したい。若者のUターンについて言及した出演者もいたが、人口移動を仮定するならば、もう少し人口移動を包括的に論じてもらいたかった。

雇用問題についての議論もあった。非正規雇用の若者との調整は難しい問題だ。団塊の世代の退職で技術の伝承も難しい。一部の企業では、技術の伝承を積極的に行っていると他の番組で紹介されることがあるが、能力を得る若者とそうでない若者が分断されることは火を見るより明らかだ。なぜ、過労死するまで働かされる人々と雇用の機会のない人々がいるのだろうか。給料が安くても人数を確保する環境にならないのか。金子勝氏が年金問題に関して言及していたが、正規雇用に関するコストの大きさが問題だという。非正規雇用と正規雇用の格差是正をすることが必要だ。

この番組を見て何より衝撃的だったのは、「生きがい」だ。彼らは今まで会社のために働いてきて、定年後はどうすればよいか分からないという。彼らは学生運動という過激な活動までしているはずなのに、生きがいがわからないのだ。彼らの時代には、就職先を好きに選べる環境は無かったのかもしれない。だが、人間はそこまで無気力に生きられるものなのだろうか。何のために過激な運動をしたのか。企業文化対して反抗しようとしなかったのか。私の世代のニート問題はきわめて特殊な現象だと今まで思っていた。しかし、非常に多くの人間がプライドも欲望もアイデンティティの実現への行動もないということが分かった。社会の発展や公正な社会の実現の課題には利益が無い状態を不満に感じさせる環境の構築だろう。宮台氏の言うとおりそばうちや陶芸などは漫画チックで、簡単に満足な環境をつくることは出来ないだろうが。

以上色々述べてきたが、十把一絡げにすることは不適切だ。私はあくまで時代時代の社会構造について述べているので、そのことをご了承いただきたい。

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| 社会問題 | 23:08 | トラックバック:0コメント:0
英語字幕で映画きいてほしいの、あたしのこと
きいてほしいの、あたしのこと〈特別編〉-ウィン・ディキシーのいた夏 / アンナソフィア・ロブ

前回に引き続き、英語字幕で映画のコーナー。
いつも映画を観てはドロドロとした気分になるので、ほのぼのとしてそうなこの映画を観た。
牧師の子どもで、頻繁に引っ越し、母親とも離別して、愛に飢えた少女が偶然犬に出会い、その犬をペットとして様々な人との交流を経験するというもの。

まあ、子ども向けだからいいんだけれども、子どもと犬がありえないくらい意思疎通ができていて不自然。
あと、母親がどうなったのかが結局語られないまま終わったり、主人公は学校に行っているのか不明だったり、犬の元の飼い主も不明なままだったり、細かい描写が非常に少ないという難点がある。

一応、子どもの成長記として観れば観れる映画だろう。小さい子どもがいる家庭なら皆で観てもいいのでは。

英語難易度
難易度はそれほど高くない。
子どもの英語は聞き取りにくいことが多いが、この映画の主人公ははっきりと聞き取りやすい英語で話す上、むずかしい表現もほとんどないので分かりやすい。

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| 英語で映画 | 19:41 | トラックバック:0コメント:0
英語字幕で映画サーティーン
サーティーン あの頃欲しかった愛のこと / 葛城七穂、佐々木優子 他

久しぶりの英語字幕で映画のコーナー。
元々は普通に生活していた13歳の少女が不良少女と付き合うことによって、だんだん不良になっていってトラブルに巻き込まれるという話。
舌やへそにピアスをしたり、ドラッグに手を出したりとだんだん堕ちていくのが生々しい描写で表現されていく。

親との人間関係がうまくいっていないとか、学校で格好よく振舞えないのが原因かのように描かれているが、親とは時々はまともに口を利くし、学校での人間関係の描写も貧弱な気がする。一応主人公にはモデルの人物がいるそうなので、そのところはリアリティを追求しているのだろうが、単に不良の生活を描いているだけでメッセージ性が伝わってこない。主人公に近い体験をした人とそうでない人では感じ方が違うのだろうか。ひょっとしたら、この映画に共感する人もいるかもしれないが、万人向けではないだろう(それを狙っているのならそれでもいいが)。

英語難易度
難解な表現や訛りは無いのでそれほど難しくは無い。
ただし、スラングがあまりに多いので、くだけた会話に慣れていないと分かりにくいかもしれない。

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| 英語で映画 | 22:29 | トラックバック:0コメント:0
司法制度改革という名の司法制度改悪
読者の皆さん、すいません。体調不良で更新さぼってました。
裁判員制度や刑事事件被害者の裁判のかかわりに関するニュースがいくつかあったので記事を一つ。

裁判員制度を嫌がる国民が多いというニュースがあったが、だいたいそんなもの火を見るより明らかだ。法律で企業の行動を規制するとはいえ、会社を無理やり休まされれば、長期のプロジェクトに携わっている社員にとっては邪魔以外の何者でもないし、政治や組織犯罪に関わっている場合、身の安全の保障が万全なのかということもあやしいと思っている人は多いだろう。

だいたいこんなものに公共的なメリットなどあるのか?
学歴は中卒以上が対象だそうだから、教育程度が低い人が非常に複雑な意思決定を強いられることもある(断っておくが、私は「下々の馬鹿は社会的意思決定に携わらずお上に任せておけばよい」などと言っているのではない。全国民が高い教養を得ていない現在、このようなことを国民の大半に押し付ける意義はないと言っているのだ。公共性に対する善意と意思決定の能力を兼ね備えていない人間達の多数決は衆愚政治であり、民主主義として優れているわけではない。ナチスも「民主主義的」な選挙で選ばれた歴史を忘れてはならない)。医療不信が強いから一般人に医療に携わってもらおうというのが愚かな発想だというのはすぐに分かるのに、なぜ、司法への不信が強ければ能力の無い一般人に強制的に参加させることがあってはならないことだと気がつかないのだろうか?

私がアメリカにいた時、語学学校の先生が陪審員の呼び出しを受けた。アメリカでは、一度呼び出しを受けて、陪審員の選考の場に行けば、実際に陪審員にならなくても当分は次回の呼び出しは来ない。しかし、特別な用があって(しかもそれが認められても)選考も欠席した場合、その用事の終了後、もしくは病気の回復などの後は、すぐに呼び出しが来るので正当な理由があっても拒否しにくい。その語学学校の先生も、体調不良だったにもかかわらず、再度の呼び出しが嫌だったため無理に選考に出席した。さらにひどいのは、その選考では、皆が陪審員になりたくないために自分の事を悪く言うという。その先生の話では、ある人はビデオの箱を製作するのが仕事で、そのビデオの中身は全く関係が無いにもかかわらず、「アダルトビデオ」という言葉を連呼して司法の場にふさわしくない人間である事をアピールしたという。また、その先生も(扱う事件が交通事故か何かだったため)「そんな事件はたいしたことは無い」とネガティヴな印象をさらりと与えて、陪審員にならずにすんだという。こんなくだらないことが日本でも起こる可能性は充分にあり、そういう裁判員は、すぐに裁判を終わらせたいために、恣意的に冤罪事件を扱うなどするだろう。

司法制度改革と称する改悪はこれだけにとどまらない。刑事事件の被害者が裁判で刑の宣告が出来るだとか、被告を問い詰めることができるだとかいうことが実施されることになる可能性が出てきた。刑事裁判とは、被告が有罪か無罪かを「これから」判断する場なのにも関わらず、被害者が被告を問い詰めるというのは被告が犯人だということがあらかじめ決まっているということになる。刑事裁判は、被害者の私物ではなく、公共の法と秩序のために行うものだ。だいたい、ある事件の真犯人が別人で、他の人が冤罪で刑罰を受けるならば、その真犯人が再犯した場合、誰が責任を取るのか? 上野千鶴子氏は「当事者主権」などという客観性の無視をわざと行っているが、「当事者でない」ものとは何か? そんなものはない。その場にいる人間は全て当事者である。ある人間のエゴイズムを認めて、他の人間が不利になるこの回避をバイアスと称するダブルスタンダードは淘汰されなければならない。国は冤罪を誘発させやすい環境を作って何がしたいのか? 政治的に不都合な人間を社会的に抹殺したいという意図でもあるのか? 真の法治国家とは誰のエゴにも組せず、客観性を仮定した上で法を整備、実行する国家である。

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